「リチャード・プリン! 恐るべし才能。
映画を知り尽くしている。
ただひたすら驚嘆と、そして感謝!」 — 堤幸彦
東野圭吾原作、堤幸彦監督による映画『天空の蜂』の全国ロードショーが、9月12日から始まります。この映画のサウンドトラックを作曲したのが、英国の作曲家リチャード・プリン(Richard Pryn)です。
映画の公開を記念し、話題作に抜擢された若き作曲家の素顔を、国内で初めてご紹介します。
–––まず、あなたの音楽的な歴史を教えてください。はじめて音楽に出会ったのはいつで、どんな音楽だったか覚えてますか?
覚えているかぎり一番古い音楽の記憶は、母のコレクションかな? 僕と兄がまだ幼かった頃から、彼女は家のあちこちや車の中でカセット・テープで音楽を流していたんだ。僕のお気に入りはビーチ・ボーイズのベスト盤で、そのカセットがかかるととても幸せな気持ちになれたことをよく覚えている。いま聴いても、僕が育ったノーフォークの広々とした景色と太陽の光、子供の頃に見た風車を思い出すよ。
それと2歳か3歳のころ、食器をしまってある棚を開けてポットや鍋を叩きはじめたんだ。それがすべての始まりだね。まったく同じことをいま僕の娘がやってるよ!(笑)
–––「自分の音楽を見つけた!」と思ったのはいつ頃で、それはどんな音楽でしたか?
子供の頃からピアノは習っていて、とても楽しかった。でもある日、兄が持っていたギターをこっそり弾いたら、その時『これが僕が本当に求めていたものなんだ!』ってはっきり感じたんだ。その時に弾いたのがスマッシング・パンプキンズだった。彼らの『1979』[1] を聴くと今でも幸せな気分になれるよ。
それから僕の音楽はギターを中心にまわりはじめた。すぐにバンドを組んで、5年間はギターで曲を書いてオリジナル曲を演奏した。ロックやヘヴィー・メタルにどっぷりはまっていたんだ、それと時々映画のサントラも聴いていたよ。
–––あなたの音楽的なキャリアについて教えてください。
高校を卒業して、僕とバンドのメンバーはアカデミー・オブ・コンテンポラリー・ミュージックという専門学校に行くことにした。そこで本格的にエレキ・ギターの勉強をしたんだ。素晴らしい体験だったよ。偉大なギタリストと一緒に演奏することができたし、なによりもレッド・ホット・チリ・ペッパーズのチャド・スミスと演奏したんだ! 音楽について多くのことを学ぶことができたよ。
一番大きかったのは、本気で映画のスコアを作曲したいと思ったことだね。僕に作曲への情熱を気付かせてくれたのがダニー・エルフマン[2] なんだ。よりはっきりとした目標ができたことで、次にブライトン大学の音楽映像学科で勉強することにした。ここは素晴らしかったよ。自由に創作ができたし、サウンド・アートからスティーヴ・ライヒまで、Max/MSP[3] からLogic[4] まで、色々なことを学ぶことができた。とても自由に音の世界を探求することができたんだ。同時に、作曲とオーケストレーション、それにヴァイオリンをロハン・クリワチェク[5] という作曲家に学んだ。彼に教えてもらったことは今でも役に立っているよ。
最後の年には映像科の友人のためにオリジナル曲を作り始めていた。この経験は、映像監督や脚本家とのコミュニケーションの取り方や、デモ音源の提案の仕方など、映像のための音楽をつくる良い準備になったと思う。大学を卒業後、ブージー・アンド・ホークス[6] のスタッフが偶然、僕が友人のために書いた作品を聴いて連絡をくれたんだ、それからすぐに契約することになったのがキャリアの始まりだよ。そうして『天空の蜂』のスコアを担当することになったんだ。
–––あなたの好きな作曲家、ミュージシャンなどを教えていただけますか?
この質問に答えるのは好きなんだ、答えがいつも変わるから楽しいよね。
まず最初に挙げたいのはキース・ケニフ[7] というミュージシャンかな。彼はいくつもの名義で活動しているんだけど、どの作品も本当に美しい音楽ばかり。僕は歩きながら彼の曲を聴くのが大好きなんだ、とても静かで落ち着くよ。
それとニコ・マーリー[8] という、とても風変わりだけど、最高の世界を持ってる作曲家。彼の作品にはいつも新鮮な驚きがあって、不思議な中毒性があるんだ。彼の『Mothertongue』という作品はまるでサウンドのタペストリーだよ。彼は優れたオーケストレーターでもあるんだ。
ロック・バンドだと、さっき言ったように、スマッシング・パンプキンズ。それからベン・フォールズは15年以上も聴き続けているけど、あのユーモアとノスタルジーと怒りの混ざった歌がまだまだ聴きたくなるんだ。それと、やっぱりウィーザーかな。彼らのブルー・アルバムはディストーションを使ったビーチ・ボーイズだよね。
–––2015年にリリースされたアルバムで気に入ったものはありますか?
それなら間違いなくスフィアン・スティーヴンス[9] の『キャリー・アンド・ローウェル』だね。この美しいアルバムには喜びと悲しみが素晴らしいバランスで封じ込められている。彼の生み出す繊細なサウンドが僕はとにかく好きなんだ。最近知ったことなんだけど、彼はいまでもレコーディングでアナログ・テープを使って録音している。これが彼の温かいサウンドの秘密なのかもしれない。
–––それでは『天空の蜂』について聞かせてください。今回は日本の映画の仕事でした。もっとも難しかったことはなんですか?
この作品は僕にとって初めての日本の人たちとの仕事だったけど、ほんとに楽しかったよ。こちらの制作チームもみんな素晴らしかったし、すべてがこんなにスムーズにいくことはめったにないと思うよ。とても的確な指示が出ていたおかげで作曲で悩むこともなかったし、少しだけ見ることができた映像には素直にインスパイアされたよ。あえてひとつ残念だったのは、僕がまだ監督や音楽プロデューサーに自分の口から感謝の気持ちを伝えられてないことかな。僕は日本語を喋ることができないからね。だからいつか映画のスタッフに会うことができたら、まずこの気持ちを日本語で伝えたいと思っているんだ。
–––今回の作業で最初にあなたのデモを聴いた時、とてもクオリティーが高いことに驚きました。どういう環境で制作をしているのかを教えてもらえますか、またどんな楽器を演奏するのですか?
それは嬉しいね、ありがとう(笑)。正直にいえば、僕はとてもコンパクトなシステムで作業しているんだ。Mac Pro、Apogeeのオーディオ・インターフェース、M-Audioのキーボード、SENNHEISERのヘッドフォン、それにYAMAHAのHS8Sというスピーカー。DAWはLogic Proで、いくつかの高品質なサンプル・ライブラリーを使っているよ。
デモを作る時は毎回、同じように始まるわけではないから、常にサンプラーから自分の必要なサウンドを呼び出せるようにしておいて、ミキサーのマスター・バスのエフェクトをオンにしたまま作業をするんだ。
映画の場合、全体的なトーンや主題を時間をかけて考えることにしている。そうやって自分と向き合う時間が大切なんだ。僕はギタリストとしての仕事も多いけど、作曲するときは専らピアノを使うんだ。他の楽器も、小さなパーツやループをレコーディングする程度には弾けるよ。ギタリストとしての感覚は僕の作曲のやり方にも大きく影響していると思う。
–––『天空の蜂』のサウンドトラックは最終的に迫力のあるオーケストラ・サウンドに仕上がりました。今回、あなたの作品が初めてスタジオでミュージシャンに演奏された時はどんな気持ちでしたか? また指揮者やオケのメンバーはいかがでしたか?
最高の瞬間だったよ! 録音はブダペストのスタジオだったんだけど、イギリスの録音チームとハンガリーのスタジオのチームは素晴らしいコンビネーションで仕事をしてくれたよ。僕がLogicで制作した楽曲を、ハンガリーのアレンジャーが本当に理想通りのオーケストラ・スコアにしてくれたんだ。自分の作品のオーケストラ・レコーディングに立ち会うのは、僕にとってちょっとした事件のような瞬間で、エキサイティングだった。
レコーディング自体はとても順調だったよ。はじめは思い通りの音が出るか少し心配だったけれど、指揮者が素晴らしくてね。僕が何を意図し、どんな響きを望んでいるのかしっかり理解してオーケストラに伝えてくれたんだ。オケのみんなも素晴らしいテクニックを持ってた。おまけに、とても気さくで僕のジョークにも笑ってくれたりね。
ミックスはロンドンのスタジオでやったんだけど、こちらの作業も素晴らしいエンジニアがいたからスムーズだった。僕は彼の後ろに座って、彼が魔法のように仕事するのを見ているだけで良かった。彼にちょっとした提案をするとすぐにサウンドで答えが返ってくるんだ。だからミックスでもほとんど悩むことはなかったよ。
–––映画について聞かせてください。好きな監督や映画を教えてもらえますか?
う〜ん、これも答えるのが難しい質問だね。そうだな、監督ならウェス・アンダーソン[10] かな。彼の映画にはいつも最高のキャラクターと温かさがあるよね。それにどの作品にも不思議なぐらいぴったりの音楽がついてる。僕はいつも彼の作品を見ると、すごくインスパイアされるんだ。
好きな映画をひとつに絞るのは難しすぎるので、3本選ばせてもらっていいかな?
まずは『恋はデジャ・ブ』[11] 。シンプルに、この映画は僕を幸せな気持ちにしてくれるんだ。若い頃のビル・マーレイって最高だよね。それから『いまを生きる』[12] 。ロビン・ウィリアムズは僕の子供時代のヒーローなんだ。そしてこの映画は自分にクリエイティブでい続ける勇気をくれたと思う。最後はケビン・コスナーが演じた1991年の『ロビン・フッド』[13]。この作品には僕にとっての映画の楽しさ、つまりアクション、ユーモア、エモーション、そしてスケールの大きさ、すべてが詰まっているんだ。もちろんマイケル・ケイメン[14]のスコアも素晴らしいしね。
–––お気に入りのサウンドトラックや、その作曲家を教えてもらえますか?
ダニー・エルフマンの『ビートルジュース』[15] だよ! 彼は僕がフィルム・コンポーザーを志しすきっかけになった人だし、この映画のサントラを聴くといまでも、子供の頃に映画館で感じたワクワクした気持ちで満たされるんだ。
他の作曲家ではアレキサンダー・デスプラ[16] が好きなんだ。彼はとてもさりげなく美しい音楽を作るんだ。彼の曲を1人で聴いていると、まるで自分が映画の主人公になったような気持ちになって、自分のテーマ音楽であるかのように聴こえるんだ。そしてハンス・ジマー[17]。何がポップで、観客がどういうものを望んでいるかを突き詰めて考えることの重要さなど、僕は彼からは大きな影響を受けているんだ。『インターステラー』[18] のスコアには鳥肌が立ったよ。大好きだね!
–––あなたの好きな映画監督、ウェス・アンダーソンの作品『ムーンライズ・キングダム』の中では、ベンジャミン・ブリテンの曲が多く使われていましたね。あなたの好きなクラシックの作曲家や作品を教えて頂けますか?
クラシックの作曲家なら、ドビュッシーとライヒが好きだよ。大学で彼らの楽譜をたくさん勉強して、彼らの作品から無限のインスピレーションを得たんだ。
ドビュッシーは驚くほどの情熱とエモーションを作品に封じ込めることができたと思う。スコアを見ながらヘッドホンで彼の曲をじっくりと聴くと、自分がその音に包まれて別世界へ連れて行かれるような感じがするよ。彼の作品に込められたロマンスとドラマを僕は愛していると言っていい。
ライヒについては、なんと言って良いか… 彼の印象的で力強い作品はこれまでに本当に多くの人に影響を与えてきた。僕にとってどれかひとつの作品を選ぶのはとても難しいよ。もし力づくで答えろと言われたら(笑)《ドラミング》[19] かな。数年前にロンドンのバービカン・センターで彼自身による《ドラミング》のパフォーマンスを見た時、文字通り飛ばされてしまったよ。ほとんど、深い瞑想のような体験だった。彼は僕の目と耳を開いてくれたんだ。実際今からまたあの曲を聴こうとしてるところだよ。
–––最後に、まもなく公開となる映画『天空の蜂』を見る人たちへメッセージをお願いします。
この映画の仕事ができて本当に名誉なことだと思っています。ただ単に大作ということだけではなく、とても価値のある作品だと思うからです。考え抜かれたショットと編集、アクションとエモーションの完璧なバランスがあり、この映画のために作曲するのは大きな喜びでした。僕は日本語が分かりませんが、それでもこの映画の強度はスクリーンから充分に伝わってきました。みなさんにも、僕と同じようにこの映画を楽しんで欲しいです。きっと楽しんで貰えると思うよ!
- ^ 1995年に発表されたスマッシング・パンプキンズの代表作『メロンコリーそして終りのない悲しみ』からシングル・カットされたヒット曲。
- ^ Danny Elfman。アメリカのミュージシャン、作曲家。80年代から90年代半ばまで、オインゴ・ボインゴのリーダーとして活動。バンド活動中から映画スコアの作曲を手掛け、コメディーからシリアスなドラマまで数多くのサウンドトラックを制作している。特にティム・バートン監督やサム・ライミ監督からの信頼が厚く、アカデミー賞にも4度ノミネートされている。
- ^ Cycling '74社から提供されているソフトウェア。音楽、映像等の総合プログラミング環境として、多くのアーティストが使用している。
- ^ アップル社から提供されているDAWソフトウェア。
- ^ Rohan Kriwaczek。イギリスの作曲家、ヴァイオリニスト。ピーター・マックスウェル=デイヴィスやオリヴァー・ナッセンに学ぶ。クラシカルな作品や、映画やテレビのサウンドトラックを作曲。著書に『葬送ヴァイオリンの不完全な歴史』がある。
- ^ Boosey & Hawkes。イギリスの音楽出版社。イゴール・ストラヴィンスキー、ベンジャミン・ブリテン、スティーヴ・ライヒなど、20世紀の主要なクラシック音楽作品の版権を数多く管理している。
- ^ Keith Kenniff。アメリカのミュージシャン。Helios、SONO、Mint Julep、Goldmundなど様々な名義で活動。エレクトロニカ、ドローン、ポスト・ロックなどに分類されるスタイルで、ユニークな楽曲を制作する。
- ^ Nico Muhly。アメリカの作曲家、ミュージシャン、ピアニスト。ジュリアード音楽院を首席で卒業、演劇や映像作品のスコアを手がける、代表的な作品はスティーヴン・ダルドリー監督による『愛を読むひと』。これまでにビョーク、ルー・リード、フィリップ・グラス、ヒラリー・ハーンなど様々なアーティストとコラボレーションを行っている。
- ^ Sufjan Stevens。アメリカのシンガー・ソングライター。2015年発表の12枚目のアルバム『キャリー・アンド・ローウェル』は各方面より絶賛されている。
- ^ Wes Anderson。アメリカの映画監督。代表作は『ダージリン急行』(2007)、『ムーンライズ・キングダム』(2012)、『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)など。
- ^ 原題『Groundhog Day』。1993年公開、ハロルド・ライミス監督によるビル・マーレイ主演のコメディ映画。
- ^ 原題『Dead Poets Society』。1989年公開、ピーター・ウィアー監督によるロビン・ウィリアムズ主演の映画。
- ^ 原題『Robin Hood: Prince of Thieves』。1991年公開、ケビン・コスナー主演のケヴィン・レイノルズ監督版のロビン・フッド。
- ^ Michael Kamen。アメリカの作曲家で数多くの映画サウンドトラックを手がける、代表作は『ダイ・ハード』シリーズ、『リーサル・ウェポン』シリーズなど多数。
- ^ 原題『Beetlejuice』。1988年公開、マイケル・キートン主演、ティム・バートン監督の大ヒット・コメディ映画。
- ^ Alexandre Desplat。フランスの作曲家。代表作は『真夜中のピアニスト』(2005)、『ハリー・ポッターと死の秘宝』(2010, 2011)、『アルゴ』(2012)など多数。
- ^ Hans Zimmer。ドイツ出身の作曲家、現在はアメリカ在住。数多くの映画サウンドトラックを手掛け、アカデミー作曲賞やゴールデングローブ賞などを受賞。代表作は『ライオン・キング』、『パール・ハーバー』、『パイレーツ・オブ・カリビアン』、『ダークナイト』など多数。
- ^ 原題『Interstellar』。2014年公開、マシュー・マコノヒー主演、クリストファー・ノーラン監督によるSF映画。
- ^ 《Drumming》。1970年から71年にかけて作曲された、スティーヴ・ライヒ初期の代表作。打楽器によるアンサンブルが1時間以上にわたって続く。ライヒが用いたフェイズ・シフティング技法の集大成といえる作品。
Richard Pryn
1983年、イギリスのノーザンプトン生まれ。10代からバンド活動を始める。一時期、フィーダーのドラマーとスカンク・アナンシーのギタリストとバンドを組んでいた。高校卒業後、アカデミー・オブ・コンテンポラリー・ミュージックでエレキ・ギターの学位を取得、同時にクラシック・ギター、ピアノ、ヴァイオリンも学ぶ。その後ブライトン大学でミュージック・アンド・ヴィジュアルの学位を取得、ロハン・クリワチェクに師事し作曲とオーケストレーションを学ぶ。
作曲家としてこれまでにロイズTSB銀行、キャメロット、IKEA、シアーズ百貨店、ノキアなど数多くの企業CMの楽曲を制作。映画のトレーラー用楽曲では『英国王のスピーチ』、『ロビン・フッド』、『ビザンチウム』、『メン・イン・ブラック3』、テレビではスカイ・ネットワーク、HBOのドラマ・シリーズの音楽などを手がける。スポーツ関連ではUEFAチャンピオンズリーグのテーマ音楽や、モーガン・フリーマンをホストに行われた2005年ローレウス世界スポーツ賞授賞式の楽曲を制作。また、HSBCやBPなどの銀行や証券会社のための顧客用ラウンジの楽曲やエミリオ・プッチのファション・ショーのための音楽を制作。映画ではイギリスの作品『Truth or Dare』のフル・スコアを手がけている。
テーマや注文に応じて様々なスタイルのサウンドを作ることができる職人タイプの作曲家といえる。SEを含めたサウンド・メイキングや、リズム・パターンなどでも最新のスタイルに対応し、重厚なドラマのためのシリアスな楽曲から、シンプルなピアノを聴かせる暖かい楽曲まで、その幅広い作風で高い評価を得ている。
WEB SITE:www.richardpryn.com
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