スティーヴ・マートランド逝去(1959?2013)
Photo: Schott Promotion
80年代中頃から英国を代表する作曲家の一人として活躍してきたスティーヴ・マートランド(Steve Martland) が、5月6日、53歳で亡くなりました。1959年10月10日リヴァプールに生まれ、オランダのルイ・アンドリーセンの下で作曲を学んだ彼は、社会における作曲家の役割を生涯にわたって追求し続けました。
独立独歩で探究心にあふれたマートランドは、若い世代の作曲家や、演奏家、音楽関係者に強い影響を与えた比類のない人物でした。アカデミックな教義よりも音楽的影響の多様性を好んだ彼は、古代と現代、芸術音楽と大衆音楽の垣根を越えて、クラシック分野外のアーティストらと共に多くの仕事をしており、打楽器奏者のコリン・カリーらと結成したアンサンブル「スティーヴ・マートランド・バンド」(Steve Martland Band)を率いて世界各地で公演を行いました。BBCとグラナダ・テレビによるドラマ番組「Wilderness Edge」のためのマルチメディア作品《アルビオン》など、彼の音楽は映画やテレビで度々登場しています。また、BBCとオランダ放送協会が共同制作した、ルイ・アンドリーセンの創作活動のドキュメンタリー『海との一時的な合意』(A Temporary Arrangement with the Sea, BBC, 1993)の脚本と監督も務めました。
作曲家は社会的現実に対して道徳的責任をもつ、という強い信念が、凄惨な史実を標題とした《バビ・ヤール》(1983)の作曲に彼を向かわせました。3群に分けられた大オーケストラによって最大音量で鳴らされる和音のホケットが、次第に間を詰めるように加速し累積していく過酷な音楽です。この過剰なまでに攻撃的な音の振る舞いはしかし厳密に制御され、その中にはマートランドの全ての音楽がそうであるように、厳しく律された音楽的思考から導かれる、明瞭なヴィジョンが提示されています。また、ポスト・ミニマル音楽の傑作、2台のピアノのための《ドリル》(1987)にみられる、不意に現れる古典的叙情性と、執拗に打ち鳴らされる和音の反復との衝突は、他の英国音楽には無かったマートランド作品の特徴といえます。
オランダ国立バレエによる《クロッシング・ザ・ボーダー》(1990-1991)など、彼のパワフルでリズミカルな作品群は、様々な場で振り付けられてきました。特にロンドン・コンテンポラリー・ダンス・シアターの委嘱による《ダンスワークス》(1993)は、レ・グラン・バレエ・カナディアンや、NYのバレエ・テックなどの新しいプロダクションによって世界中で再演されてきました。2005年にヘンリ・オグイケ・ダンス・カンパニーの委嘱により作曲された《タイガー・ダンシング》は、いまもカンパニーのレパートリーのひとつです。
「今日、もはや音楽家は新しい作品を発表する時に、音楽大学によって作られた伝統を強いられることはありません。むしろ彼らは、解放された美学の環境にいて、例えばデジタルサンプリングされた音や、ジャズ、トリップ・ホップ、バリ・ガムランなどといった、非クラシック音楽の使用に対し、伝統的な奏法技巧やソナタ形式のしきたりに対するのと同じ厳しさをもって向き合わなければなりません。すでにスティーヴ・マートランド・バンドは、この問題について、ほとんどの人がその存在に気づく前から取り組んでいました。」
(BBCミュージック・マガジン)