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追悼 ー 一柳 慧

2022年 10月 8日付

一柳慧/Toshi Ichiyanagi

photo © Koh Okabe

作曲家・ピアニストの一柳 慧が10月7日、東京で亡くなりました。89歳でした。常に時代の先を見つめ、音楽家・芸術家としてどうあるべきかを自らに問い続けたその姿勢は、国内外の様々なアートの分野に大きな影響を与えてきました。よりよい未来のために後進へ道を開くことにも心を砕いてきた一柳の活動から、多くの若手がそれぞれの未来へ向けて、大きく羽ばたいています。


1933年2月4日、神戸に生まれる。ピアノを原智恵子、作曲を平尾貴四男、池内友次郎らに師事。高校時代に第18回(1949)および第20回(1951)毎日音楽コンクール(現、日本音楽コンクール)作曲部門第1位入賞。1952年より渡米、1954年から57年までニューヨークのジュリアード音楽院で学ぶ。この間にエリザベス・クーリッジ賞(1955)、セルゲイ・クーセヴィツキー賞(1956)、アレキサンダー・グレチャニノフ賞(1957)を受賞。その後、ジョン・ケージに出会い、大きな影響を受け、図形楽譜や不確定性の音楽による活動を展開、フルクサスのメンバーとも知り合い、活動に参加している。

「20世紀音楽研究所」フェスティバルの招聘により1961年に帰国し、それ以降、国内および欧米各地で、自作のみならず日本ならびに欧米の新しい作品を発表、武満徹や湯浅譲二らとともに日本の前衛音楽の発展に大きく貢献し、また、音楽以外にもアートのさまざまな分野に強い刺激を与えた。1966–67年、ロックフェラー財団の招聘により渡米、1976年、ドイツ学術交流会(DAAD)の招聘でベルリン市にコンポーザー・イン・レジデンスとして半年間滞在。その後もヨーロッパのプロ・ムジカ・ノヴァ・フェスティヴァル(1976)、メタムジーク・フェスティヴァル(1978)、ケルン現代音楽祭(1978 , 1981)、オランダ音楽祭(1979)、ベルリン芸術週間などから委嘱を受けた。

1988年11月、サントリー音楽財団(現、サントリー芸術財団)の主催による「作曲家の個展―’88 一柳 慧」で、同財団委嘱の《交響曲「ベルリン連詩」》を発表。この演奏会は、1989年、第30回毎日芸術賞を、同年にこれまでの一連の活動に対して京都音楽賞大賞を受賞した。

80年代から90年代にかけて、国立劇場からの委嘱により、《往還楽》、《雲の岸、風の根》、《伶楽交響曲「闇を熔かして訪れる影」》などの、雅楽、伶楽、声明、舞のための大規模な作品を継続的に発表。1989年に伝統楽器群と声明を中心とした合奏団「東京インターナショナル・ミュージック・アンサンブル—新しい伝統」(TIME)を組織。以来、アメリカ各都市やヨーロッパ各地で演奏旅行をおこない、ベルリン・フェスティヴァル(1992)、ウィーン・モデルン(1996)、ハダースフィールド現代音楽祭(1992)、ウルティマ・オスロ現代音楽祭(1997)など多くの音楽祭に出演した。

2010年には「日本・フィンランド新音楽協会」を立ち上げ、理事長として両国の音楽交流に尽力し、フィンランドで行なわれる音楽祭にも積極的に参加した。

2011年の震災以後、自身の作曲観の変化に伴い、更に精力的に作曲活動を展開。2012年以降、音楽を通して、現代社会への問題意識を問うことや、自身の創作のテーマであった東洋の伝統芸術に見られる「時間と空間の共存」の概念をより深く探求することを続け、遺作となった《ヴァイオリンと三味線のための二重協奏曲》(2021)までに、交響曲4曲、協奏曲6曲、その他、室内楽作品なども多数作曲した。

プロデューサーとしても多くのフェスティバルやシリーズの開催に積極的に関与し、TIMEの芸術監督、アンサンブル・オリジン――千年の響き音楽監督、日本音楽コンクール顧問、セゾン文化財団評議員、サントリー芸術財団評議員、神奈川芸術文化財団芸術総監督などを務め、長年にわたり音楽文化の普及に努めた。近年では、2016年に「コンポージアム2016」にて特集作曲家として取り上げられ、武満作曲賞の審査員を務めたほか、2018年のサントリーホールサマーフェスティバルでは、ザ・プロデューサー・シリーズのプロデュースを担当、様々な視点から日本の音楽界の「現在」を提示した。2021年には神奈川芸術文化財団芸術総監督就任20周年を記念した一連のコンサートが開催され、一柳の活動の幅広さと常に新しい世界を切り開いていこうとする積極的な姿勢が示されると同時に、それが次世代へと確かに受け継がれていることを印象付けた。

1985年、フランス共和国芸術文化勲章を受章。1999年に紫綬褒章を、また2005年には旭日小綬章を受章。2008年、文化功労者。2017年、日本芸術院賞および恩賜賞を受賞。2018年、文化勲章受章、ジョン・ケージ賞受賞。1981年から2017年までの間に5度にわたり尾高賞を受賞するなど、受賞多数。

作品は、ショット・ミュージック(日)(Schott Music Co. Ltd.)、ペータース( C. F. Peters Musikverlag)、全音楽譜出版社より出版されている。


一柳 慧 氏のご冥福を心よりお祈りします。